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2019年に読んだ小説レビュー 【多少ネタバレあり】

気が向いたら書くと思いつつ全然更新してなかったのですが、年末なので備忘録として読んだ本を一挙レビューします。例によって核心には触れないけどちょいちょい内容に触れます。

 

本記事で取り上げる作品

カササギ殺人事件   アンソニーホロヴィッツ

若冲   澤田瞳子

恋しぐれ  葉室麟

・Blue   葉真中顕

・鍵の掛かった男   有栖川有栖

・QJKJQ   佐藤究

・なめらかな世界と、その敵   伴名練

・人間   又吉直樹

Ank: a mirroring ape   佐藤究

・モダン   原田マハ

アルキメデスの大戦 (映画のノベライズ)

文學界1月号

    的になった七未   今村夏子

    子猿    小山田浩子

    美術少女    藤野可織

 

 

カササギ殺人事件

カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)

 
カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

 

 話題作だったので読んだ。トータルでも面白かったんだけど、前編の作中作が面白すぎて後編の現実部分がまどろっこしかった。ちゃんと推理はしなかったけど何となく怪しいと思った人が犯人だった。動機は小説にたまにある、ある種の職業観念に囚われたタイプのものだったけど、正直殺さなくても最後の作品のアレだけ黙って変更したら被害者の目論見は阻止できたはずなので釈然としなかった。

 

 

若冲 

若冲 (文春文庫)

若冲 (文春文庫)

 

 「火定」が面白くてまた読んでみたいと思っていた澤田瞳子さんの作品。史実に完全に即しているわけではなく独自の設定もあるあくまでも小説。歴史的な史実と平仄が合うような政治的な裏側なども書かれていて全体的に重厚感のある作品なんだけど、若冲が地元の商店街に関する交渉に駆り出されたり庶民派な展開もあって面白い。

 

 

恋しぐれ

恋しぐれ

恋しぐれ

 

 「若冲」とほぼ同じ時代が舞台だったので読んでみた。若冲にも登場した与謝蕪村を中心とした家族や門人たちの話を収録した短編集。人情話風でありながらベタベタしてない距離感は葉室麟作品の特長だと思う。複数人「若冲」と共通する登場人物がいてそれぞれの解釈があって面白かった。まさか与謝蕪村の娘の離婚問題に関して二作連続で読むとは思わなんだ。

 

 

Blue  

Blue

Blue

  • 作者:葉真中 顕
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/04/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 一冊通して平成を振り返る本。主題が児童虐待だけに陰鬱ではある。平成30年の間に表面化した様々な事件や社会問題、課題意識を扱っているが表面的になぞって型に嵌めた展開ではなく、それぞれの登場人物をきっちり描きこんだ印象を持った。最後の方のメインの登場人物の結末は、取ってつけたような過去の明かされ方な気がしなくもなかったんだけど、やはりあのような選択肢を提示することで物語や現実の読者に救いをもたらしたかったのかななどと思っている。といいつつ、本作の魅力はやはり平成史としての機能だと思う。実際にあった事件や災害、流行を作品に散りばめるだけでなく、効果的に物語が展開するように緻密に配置されている。取り扱う流行も、その時代に日本にいたほとんどの人が共通認識として共感できるラインを選びとっている。スポーツに興味がなく何年に何杯で誰が優勝したかをすぐ忘れてしまう私でも五郎丸ポーズが国民的に流行ったのはしっかり覚えている。平成初期に放送されたテレビドラマ「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」が平成の終わりにアニメ映画化されたのも、この作品の中で丁度よくあしらわれているんだけど(私個人はアニメ映画化の時点でドラマの存在を知った)、少しサブカル寄りの作品を出しながら敢えてDAOKOや米津玄師の名前を出さないのも絶妙な感じがした。何というか、山内マリコサブカルガジェットとは対極にあると取捨選択(岡村ちゃんとか絶対この作品に出てこない)。同じ紅白歌手でも西野カナはエピソードに絡んでくるのも対照的。

 

 

鍵の掛かった男

鍵の掛かった男 (幻冬舎文庫)

鍵の掛かった男 (幻冬舎文庫)

 

 火村英生シリーズのファンとしては、今回火村センセの出番が少なかったのがちょっと残念な気がする(でもドラマ化されるならその分窪田正孝の出演が増えるからそれはそれでアリ)。このシリーズは中・短編は主人公達が住む京阪神を舞台にしていて、長編は旅行先などが多いイメージなんだけど、今回は大阪中之島が舞台となっていて新しい感じがした。所謂コテコテの大阪のイメージとは違う中之島の文化などが垣間見えて良い。嵐の山荘/孤島モノに準じる閉ざされた人間関係の中での犯人当て作品と、刑事モノの足で稼ぐ系の臨場感がある作品の中間を行くような印象を持った。有栖川作品は火村先生の心の闇とか強い個性がありながら、ワトソン役のアリス(と作者の有栖川さん)の倫理観がしっかりしているので安心して読める。

 

 

QJKJQ

QJKJQ (講談社文庫)

QJKJQ (講談社文庫)

  • 作者:佐藤 究
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/09/14
  • メディア: 文庫
 

 以前から気になっていた作品。帯の煽り文句からもっとアングラな雰囲気の小説かと思っていたら意外と主人公がナイーブで爽やかなタイプの作品だった(なので末尾にある湊かなえさんの論評はまあ共感できる)。正直中盤で明かされる謎はすぐに察しがついてしまったけれど、その後の誇大妄想っぽい外連味ある展開は嫌いではない。リーダビリティがあってグイグイ読める。

 

 

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 

 これはSNSで情報が流れてきて気になった作品。編集の方の広報力が凄い。「ひかりより速く、ゆるやかに」の冒頭部分が無料公開されていて更に気になったのと、紙の書籍を購入すると印税が京アニの支援に回ると聞いて遂に購入した。

6作の短編が収録されていて、文体や作風がそれぞれ異なるので、読んだ人同士で意見交換をしたくなる。表題作と「ひかりより速く、ゆるやかに」はSFを読みつけていない人でも取っ掛かりになりやすそうな爽やかな青春ドラマ風。個人的には「ひかりよりー」が好みで、作者も「今現在の最大瞬間風速を狙った」的な事を仰っていたと思うので是非読んで欲しい。現代のリアルな描写が詰まっている。「美亜羽に贈る拳銃」のみ伊藤計劃トリビュートで読んだことがあったけれど、時間が経って忘れている部分もあり新たに読んで楽しかった。こちらと「シンギュラリティ・ソヴィエト」はSF的ガジェットや世界観がそれっぽくてワクワクする。SFファンに受けそう。「シンギュラリティ・ソヴィエト」は比較的評価が分かれている印象があるけれど、おそらく設定からしてより壮大な展開になると期待していた人がちょっとガッカリしているのでは?と思っている。個人的にはちょっと暗くてダウナーなかつ社会構造絡みのディストピア感が良かった。「ゼロ年代の臨界点」は痛快!特異な感じの文体というか設定なのでこれも好みが分かれそうだけど終始ニヤニヤ読み進めてしまう魅力があった。

 

 

人間

人間

人間

 

 又吉さんの前2作は、主人公の視点から現実に起きた事を語るという地に足のついたある種一般的な構造だったけれど、今回は信頼できない語り手とかマジックリアリズム的な表現とか、色々な手段を使ってきているなと思った。ここ最近純文学を読んでいなかったので、結末が回収されない感じ、純文学あるあるだーというのが率直な読後感だった。主な一人称である永山とお笑い芸人の影島は、意図的に、時に不自然なほど作者自身に模されていて、かといって単純に同一視できるわけでもなく架空の人物として生きている。内容としては個々のシーンや主張に共感するところもありつつ、あくまでも又吉作品は何者かになりたい人、何かを生み出す事を生業にしている人の話なんだよな、という認識を深めた。とはいえ、そうでもないヌルっと生きてる人でも楽しめるはず。あとこちらも作者の倫理観に信頼がおけるタイプの小説だと思う。

 

 

Ank: a mirroring ape

Ank : a mirroring ape (講談社文庫)

Ank : a mirroring ape (講談社文庫)

  • 作者:佐藤 究
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/13
  • メディア: 文庫
 

 QJKJQと同じ作者。個人的にはこちらの方が面白かった。パニック小説ではあるけれど、何故起こったかという部分がしっかりしていて読み応えがある。一種の科学SFに分類されるのか。京都が舞台で比較的地理が現実に即していて臨場感がある。シン・ゴジラで首都圏在住者が「私の家の辺りが!」「会社倒壊した!」みたいな楽しみ方をしていたのが今回実現した。そして日本ではタブー過ぎる描写がアッサリ登場しているように思うんだけど大丈夫なのか…。映像化したらグロすぎるだろうから絶対観に行けないけど主人公も他の小説ではあまりみない設定で面白いので配役とかはちょっと興味ある。ネタバレにならない瑣末な点で一つ文句を言うとしたら「山科」さんがでてきてあたかも京都らしい由緒ありそうな名前と説明してるけど、山科は京都市なのに山科市みたいな扱いなので他府県には通じないし地元民には違和感しかないぞ!というのがある。

 

 

モダン

モダン (文春文庫 は 40-3)

モダン (文春文庫 は 40-3)

 

 美術館が舞台の小説といえば原田マハさん!なんなけど、本作は美術そのものや業界で完結する濃度の高い話ではなく、それに携わるスタッフ達の人生や悲喜交々の物語だった。人生を芸術に捧げるのではなく、人生の一角や生活の中に於ける芸術の存在に想いを馳せるような印象を受けた。今ワイエス展やってたら観に行きたい。短編集でかなり文庫本自体も薄いので軽めの移動中の読書に最適。

 

 

アルキメデスの大戦(ノベライズ)

小説 アルキメデスの大戦 (講談社文庫)

小説 アルキメデスの大戦 (講談社文庫)

  • 作者:佐野 晶
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/06/13
  • メディア: 文庫
 

 映画が面白いと聞いていたのに行けずじまいだったのが悔しくてノベライズを買った。正直これは映像で観るべき話だと思った。

 

 

文學界1月号

文學界 1月号

文學界 1月号

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/12/07
  • メディア: 雑誌
 

 宇多田さんと又吉さんの対談目当てで、特に「人間」を読んだので補完する意味合いもあって購入。対談も興味深かったけれどとりあえず読んだ小説のレビューを。

「的になった七未」今村夏子

今村夏子さんは気になっていたものの作品を読んだことがなかったのでこの号に収録されていたのは僥倖だった。シュールな笑いと悲惨な現実が同列のように淡々と語られていて不気味。でも「〇〇したら終われる」みたいな終わりを求める感じ、終わり=安寧みたいな感覚は自分にもある。人によって〇〇が異なるにせよ。

SNSのレビューを見ていたら、町田康の「告白」をとっつきやすくした感じ、と出ていて新鮮だった。確かに社会不適合者っぽい人の人生を滑稽味を交えて語るのは共通している。あと「Aマッソや空気階段のコントが好きな人に嵌りそう」は体感的に分かる。ちょっとエグみがある感じというか、同じ意地悪な視点のコントでもゾフィーはもっと軽くてドライだし、東京03は単純に現実だし、などと思った。

「子猿」小山田浩子

初めてお名前を伺う作者。凄く純文学的。大して何も起こってないし、隣の息子さんに結局何があるのか分からずじまいだし。正直私は純文学を読む能力に欠けているので、偶に昔の文豪の名作を読んでも途中で「だからどうした」みたいになってしまう事があるのだけれど、この作品は会話の魅力があった。一般的な家庭でよくありそうな平凡で特にウィットに富んだ訳ではない会話ながら、妙に不穏な感じが読ませるなと思った。地の文でも現代人の口語交じりなのが親近感を覚えた。

「美術少女」藤野可織

芥川賞受賞作「爪と目」以来読むのは二作目。「爪と目」の語り口というか人称の設定には驚いたけれど今回も衝撃的な作品だった。男女という概念がない未来を舞台にしたSFに近い小説。この設定を本格的な長編SFにしようと思ったら、社会制度とかそれまでの歴史を作り込まないといけないんだろうけど、子どもの視点から描く事でファジーな世界観でも整合性が取れている。その辺り色々言いっ放しで回収する気が無さそうなのが純文学っぽいなと思いつつ、SFファンが読んだらどんな感想を持つのか凄く興味がある。登場人物の名前の設定が全然浮ついてないのはSFらしからぬ感がある。この物語の中の世界がどうやって社会を維持しているのか分からないけれど、子どもが子どもの感性でかなり現代人に近い感覚で物を思っているように見せて、教育を通してガチガチの洗脳じみた思想統一を行なっている可能性もあると思うとSF的にはワクワクする。読了後、凄いものを読んでしまった!という感動がありつつ、正直まだこの小説の主題や主張を掴みあぐねている。ただ一見ジェンダーがなくて究極の平等が最適解に思えてくるけれど、全員同じ髪型で似たような服装って紛う事なきディストピアだと思う。この社会の人達は素の顔立ちと体格や声の違いと後は内面で人を判断しているのか、それが出来るのか疑問が尽きない。

 

今年も本を読みたいと思いつつ、気が向いた時にグッと引き込まれるように読んでそれ以外の期間は全く読まず、みたいな生活を送っていたので冊数は伸びませんでした。その分一つ一つはズッシリ重厚感のある読書体験だった気も。取り敢えず今は中国SFの「三体」がめっっっちゃ気になってるのですが、長いシリーズらしいので取り敢えず文庫化を待っています。町田康のギケイキが面白すぎて2冊とも単行本で買っては次を待っている状態なので、もうその二の舞にはなりたくないです。他力本願なので是非皆さんのオススメの話が完結している文庫本教えて下さい。