思念が奔逸中

情報発信の体裁で雑念のみ垂れ流します

コロナ禍の下での生活史

新型コロナウイルス(COVID-19)の流行が始まり早3ヶ月。本当はもっと早くから日記のように記録を付けておけば良かったのだけど、なんだか流行の始めがもうひと昔前のことだなと感じられて、ふと思い立って何が起きていたかどう思っていたかを振り返ってみたいと思う。現在の主観からなので微妙に時系列が合ってないかも知れないがご了承頂きたい。全く、生活史などというタイトルはなんだと自分でも思うが、何となく生活という単語を入れてみたかった。「生活」なんて言葉は全然好きじゃなかったのにこの期に及んで選ばせるとはコロナの影響なのだろう。

 

 

なお、この記事は今現在に於いて新型コロナウイルスによって非常に深刻な影響を受けている訳ではない者によって書かれています。基本的に雑感と些末な内容で構成され部分的には非常に能天気と受け取られても仕方ない記述もあるかと思います。また具体的な医学的あるいは政治や経済への考察などはしません。

今現在も前線に立つ医療従事者や小売、流通、その他インフラ等で社会を支える方々に感謝を申し上げるとともに、上記の記事の趣旨を鑑み気分を害す恐れがありそうであればここでこのページを閉じて頂ければと存じます。

 

 

1月中旬から下旬。本邦に初の感染者が現れ、自分の住む自治体にも現れたがまだ武漢の関係者や海外帰国者というイメージがあった。それと前後するように友人と3月の三連休に大分県へ旅行に行こうという話も出てきていた。

2月に入り友人と直接会い旅行の計画を立てようかと思っていたが、コロナの流行が大きく取り沙汰されつつありお互い他府県に住んでいることから約束が流れた。一旦様子を見ようということになったが、結論から言うと行っていないし件の友人とは連絡を取りつつも以降1度も会っていない。そんな中奈良県の観光バス運転手が罹患し、ダイヤモンドプリンセス号について連日報道されるようになった。日本のどこかでは高熱を出した翌日に観光バスツアーに参加した高齢者の例があり、バイタリティに驚いたりした。この頃には手洗いうがいの慣行が進められており、手指消毒の強化も始まっていたと思う。なかなかマスクや手指消毒液は手に入らなかったが、うがい薬や空中散布用にクレベリンを購入した。ウェットティッシュも売り切れていることが多々あり、コンビニで見つけては購入したりしていた。

 

2月の中旬には大阪のライブハウスでクラスターが発生した。それ以降暫くライブハウスや音楽産業従事者への風当たりが強くなった。SNS上で報告される音楽関係者への心無い差別に憤りとやるせなさを感じつつも、ライブハウスの環境は体感的にリスクが高そうだとも思われた。私もライブハウスに行く事はこれまで何度もあったが、ちょうど1月中旬に行った以降予定がなく、もしその時点でチケットを持っていたらかなり悩み気持ちが落ち着かなかっただろうと思った。この頃密閉・密集・密接の3密が取り沙汰されるようになった。ライブハウスの営業自体は3密と条件的に相性が悪すぎ、感染拡大防止の観点からは営業自粛がベターであろうとは思っていたが、世間の白眼視も大きく界隈ではその反動で別の産業はどうなんだ、というような意見も散見された。その時の飲食業やパチンコ店への批判が月日が経ち都度なんらかの影響を及ぼすにつれ批判の矛先となっていったのは皮肉なものだと思っている。

 

2月下旬に差し掛かり、そろそろ旅行をするのであれば諸々の予約をしなければならない時期となったが、ここで正式に計画は秋に延期される事となった。個人的には却って空いているのでは?という邪な気持ちがなくもなかったが、正直な所エビデンスが無くても温泉は遠慮したい気分だったので少しホッとした。その反動か、SNS上での「こんな時だからこそ近場でお勧めの温泉地!」とかサウナや銭湯でスッキリ!みたいな投稿に無駄に若干苛ついたりしていた。この頃はまだ長距離移動への不安感は個人的には少なかった。

 

2月中旬から3月中旬までは、感染者が立ち寄ったとされるスポーツジムや音楽ライブ、それに波及する形で演劇などの一部の文化産業へ風当たりが強かった。そういった中で、ちょうどライブを主催しているタイミングの推しバンドを心配したり、そのタイミングでMVを公開した推しバンドに感謝したり、北の街でのライブを直前で中止したという推しバンドの突如の無観客配信に歓喜しスクショ祭を行ったりした(全て別のバンドです)。またマスク不足が深刻となり転売ヤーが現れた上、「マスクと原材料を同じくする紙製品が不足する」というデマまで流れた。私は「そういうデマがある」という情報を第一報として翌日に知ったのでそれほど慌ててはいなかったものの、その日はトイレットペーパーはドラッグストアから品切れ、それ以降も困る様な事態には陥っていないものの品薄状態が続き(厳密には品薄じゃないにしても明らかに通常より残り少ない)、以降タイミングもあるが柄入りの可愛いトイレットペーパーを購入せざるを得ない感じになっている。

 

3月上旬の社会の動きとしてはやはり突如の休校要請が印象に残っている。直後の現場や家庭の混乱、それによりこれまでの社会や個人間の関係の非対称性が浮き彫りになり様々な言説が聞かれた。これは完全に結果論ではあるが、この期間に感染した人物によってピンポイントで休校となった場合の犯人探しが行われる可能性を下げた点は良かったのではないかと思う。これまでの感染者の中で個人特定をされているらしいという話を聞くこともあり、そう思うに充分だった。そしてSNS上では休校による給食の停止で供給が過多になった牛乳を消費しようと、にわかに「蘇」の調理が流行り出した。「蘇」とは日本史の教科書に載っている牛乳を煮詰めてチーズのような物を作るアレである。なおその進化系の醍醐はレシピが失われているらしい。私は牛乳が得意ではないのでこのブームには乗れなかったが、卒業式や入学式の中止により花の需要が減っていると聞き、一度この時期に花を購入した。花屋によると卒園式などでの需要はあったがやはり入学式の取りやめはある、との事だった。後日別ルートで、式は無くとも個人間で花を送る需要があったり、花屋は発注を抑えたりでなんとかなる部分もあるが、花の生産者の状況が厳しいと聞いた。やはり素人考えでは思い至らないそれぞれの業界の実情があるんだなと感じた。なおこの頃同時に流行りだした疫病退散の妖怪という「アマビエ」のイラストは今もなお散見されている。

 

3月下旬は新型コロナとは無関係に時節柄会社でゴタゴタし半ばゴシップ的な様相で1日単位で新情報が入るような時期でもあった。そんな中、英国のローラアシュレイが破綻した。ローラアシュレイの雑貨は特にそれまで愛用してきた訳ではないが、ここに来て知っている企業が新型コロナの影響により消滅したことによって軽く衝撃を受けた。数年前に最寄りの店舗がいつの間にかなくなっていたので調べてみたら、ライセンスの問題で一時撤退していたが今年の夏に日本再進出を試みていたと知りやるせなかった。退勤時にちょうど一緒になった同僚にローラアシュレイの件を話すと驚き、その内に社内状況の話になり、話が弾んで何故か彼女は私の自宅経由の路線で帰っていった。この頃には話が弾んだとて一杯呑んで帰るというのが何となく憚られる風潮だった。

そういった中、急激に世間の様相が変わったと感じられる事象が2つあった。一つはお笑い芸人の志村けん氏の死去、もう一つは大学生を中心とする大規模クラスターの発生である。前者は読者の皆様もよくご存知の事と思うが、全国的に親しまれる有名人の死去で多くの人が心を寄せ且つ新型コロナの恐ろしさに身を引き締める契機となった。個人的に(ファンの方が気分を害したら申し訳ないが)志村氏に悪印象も持っていなかったがそこまでの思い入れは無かった。ただ後から振り返ると、初めての日本の著名人が感染報告された例且つご本人が大物芸人な事もあり、病から復活する事でなんとなくコロナ禍も乗り越えられるような希望を無意識に仮託していた様な気もする。その為訃報を聞いた時は気分が落ち込んだ。後者はより直接的な影響を生んだ。近い地域との事もあり感染の可能性をぐっと身近に感じ危機感を強めた。また当該のクラスターが卒業年度の学生という事もあり影響は全国に及んだ。20年度の当社での新入社員への対応もこの件を期に厳しく当たる事になったのではないかと思われる。

 

4月に入ってから東京オリンピックの延期が決まり、更に社会の流れが大きく変わった。3蜜はもとよりソーシャルディスタンスという言葉が盛んに聞かれるようになり、スーパーなどでの日用品の買い出しまで頻度や距離感など感染防止の方策が周知された。コンビニでは飛沫拡散防止のため独自で作った透明ビニール幕がレジ部分に吊るされた。また前述した様に文化事業者から飲食店、最近ではパチンコ店へと何かが起こるたびに批判の的が移り変わっていった。

また俳優でミュージシャンの星野源氏が「うちで踊ろう」という曲を作りフリーで使える素材として提示、そこに他のパフォーマンスを重ねてセッションする様呼びかけムーブメントを起こした。これには歌や楽器、ダンスだけではない様々な手法での参加があり盛り上がっていたが、そこに首相が投稿したことにより炎上が起こった。炎上の理由は様々あり主に①音楽(や文化)事業者への冷遇などの経緯を顧みず成果のみにフリーライドしたかの様に見える配慮の欠如②星野源氏あるいは参加者が作り上げてきた企画趣旨、文脈を無視した投稿(仮に発信内容自体が正しいものだったにせよ、というかパフォームしろよ的な意見)③今現在前線で働いている人に対して配慮に欠けている、の3点の様に思うが、この事象に対する個人的なポイントは、この投稿が実際に起こるまでのフローに対する不信である。首相側はこういう意図で良かれと思って(?)投稿したのではと酌量というか憶測の余地はありつつ上記3点も勿論理解できる、のだけどその3点そのものというよりその様に思われるという客観的判断が出来ない組織であるというのが非常に心配である。これは心情の問題ではなく実害になりそうな事だからだ。まあ端的に言えば「広報チーム機能してんのか?」「というか、誰がこの企画考えついて誰が通したんだよ!」という気持ちです。

あとほぼ私怨ですが結構前から宇佐神宮(大分県)に行きたいと思ってたけどコロナで断念したのに、みたいな気持ちです、察してください。

 

閑話休題

 

4月に入り、当社の入社式も拠点をテレビ会議通信で繋いでの実施、集合研修の中止の対応が取られた。このことにより急遽拠点配属となった数人に向けての講義が任される事となり急拵えでスライドを作ったりしたが、それも既に一昔前の気分である。その内に7都府県への緊急事態宣言が発動し、住んでいる自治体でもそれに準じる対応となるか、という事態となった。ここに来てテレワークの推進が始まり、クライアント都合や物理的要因が無ければ適宜在宅で仕事をする様にとなった。あれよあれよという間の事だった。様々なクライアントがいる中グラデーションはあるものの徐々に事情を説明、協力を得ていき(流石に断固拒否をされる事はないがどうしてもという事はある)、本格的な在宅移行に備え社内のメンバーでslackのワークスペースを用意したりした。zoomが流行っているのは勿論知っているけれど、今の所は特に必要がなくセキュリティの不備が指摘されていることから導入の予定はない。そうこうしている内に緊急事態宣言は全国が対象となった。現在私個人では週の半分程度は在宅勤務を行なっている。また出社時も人が少なくなった分ソーシャルディスタンスを取るよう従来の席よりも離れて着席している。通常のやりとりとは別で社内システムへアクセスしないと出来ない作業がある為、月末処理には多少不安を感じているが、通常業務にそれ程支障は感じていない。しかしこれはコロナ禍の一時的な状況だからこそで、これが完全に常態化したら厳しいとも思っている。また2月3月に影響が直撃した業務領域は存在したが直接大幅な打撃を免れた一方、この時期に間接的な影響でペンディングとなる案件が増え、心境的には荒廃している。

 

直接関係はないことではあるが、国内的に有名な大手メーカーの元社長が新型コロナウイルスが原因で亡くなった。私の住む自治体の経済界で重要な地位を占めた方で、後から経歴を知ると、住民なら知っている事業を手掛けていたこともありなんとも言えず衝撃を受けた。そういえば前述が多く恐縮だが、推しバンドが無観客ライブを配信したハコは一度振替公演の日程が決まっていたにも拘らず今月末にも閉店してしまうようだ。俳優の岡江久美子氏も新型コロナウイルスが原因で亡くなり、カプセルホテル運営で有名なファーストキャビンが破産の申し立てをした。感染症という意味でも経済的な意味でも喪失感を受けることが多々ある。

 

在宅勤務が視野に入ってきた段階で自宅での生活は少し変わってきた。外出が減った反動か部屋着やら、何故か靴を通販で買ってみたりした。外食が出来ないので一度近所の飲食店のテイクアウトの利用を試みた。しかし店内が混んでおり、どの席も複数人で連れ立って来ており換気も悪そうだった為断念した。正直危機感が薄く思えた。それをきっかけにUberEatsのアプリを落とした。また今まで職場ではペットボトル飲料を中心に飲んでいたが、その代りに家ではずっとお茶や珈琲を沸かして飲んでおり、頂き物の期限内に飲めるか心配だったティーバッグなどを凄い勢いで消費している。作業中は無音も心地よかったが、今年に入りApple Musicに入った事もあり邪魔にならなく且つ気分の上がる曲を選ぶ楽しみを見出している。また音楽以外にはニガミ17才のあくびちゃんの梱包作業配信とか金属バットの声流電刹などを聞いてみたり(落差が凄いな)している。おそらく番組的にテンションを上げて作り込まれた会話より、落ち着いたトーンのある種垂れ流す系の方が聴きやすいのだと思う。

前述したように新型コロナウイルス流行以前からちょうどライブへ行く予定を入れておらず、何となく一旦落ち着いて自分の生活や仕事に注力しようとしている時期ではあった。もちろん好きなバンドや漫才師などに関心は持ち続けていたが(それこそMVや無観客ライブ、TV出演は観た訳だし)少しライブ鑑賞の現場から離れつつある時期に現場自体が無くなり行けるものを探す余地も無くなった。そんな中だんだんと世の中がものものしい雰囲気となり少しづつ気力を削がれていく感覚もあった。急に開催される夜中のツイキャスはリアルタイムは勿論後追いも出来ていないし、TVに出ると分かっていても予約も視聴も出来なかった。全体的に疲れている。それでも最近はthe twentiesのスウェットと(最近寒くてマジで必要だった。私はこのバンドの物販を生活雑貨の店だと思っている節がある)、八十八ヶ所巡礼のライブCD(支払い方法不明で二の足を踏んでいたら初回が売り切れた。評判が良く、支払い手順の情報も流れてきたので再販時に予約した。いつものことだけど輪をかけてジャケットがゾワゾワする)をちゃんとポチれたので本当に良かった。このご時世あまり経済を回す、などというと都合の良い言い訳の様に聞こえてしまうのではないかという危惧もあるけれど、物流の過剰負荷にならない様にしつつ生活を彩るものを購入したい。いつもお取り寄せ系の食べ物を見ては調べすぎて二の足を踏んでしまうけれど、まずはそこからかも知れない。