思念が奔逸中

情報発信の体裁で雑念のみ垂れ流します

パーソナルカラーと骨格診断を受けてきた

先日、パーソナルカラーと骨格診断を受けてきました。

 

パーソナルカラーとは自分に合う色味の事で、一つの色を選ぶのではなく、肌の色味の質を4つの属性に分け、たとえば同じ青のなかでも自分に似合う青、似合わない青を診断するといったものです。単純に色黒・色白といった話でもありません。

4つの属性の分け方は下記の通り。

春:イエローベース、淡色、清色(濁りがない)

夏:ブルーベース、淡色、濁色(白が混ざった感じ)

秋:イエローベース、濃色、濁色(黒が混ざった感じ)

冬:ブルーベース、濃色、清色

所謂イエベ 、ブルベで大別するのが有名ではありますが、項目ごとにそれぞれ別のペアが出来る関係ですね。

 

骨格は、ストレート・ウェーブ・ナチュラルの3つに分けられます。これによって似合う服のシルエットや素材感が分かります。これは実際に太っている・痩せている・筋肉が多いといったことに左右されず、骨格によるものです。細かくはググって頂くと分かりやすいサイトが沢山あります。個人的にはパーソナルカラーより自己診断しやすそうに思います。

私自身はイエベ 秋のストレートだと自己診断をしていました。結構自信はあったのですが、この属性の性質と自分のしたい方向性が比較的一致していたので客観的に見られていないのではないかという懸念もありました。またパーソナルカラーに関しては中々自分の色が相対的にどうか判断しづらく、特に「黄肌のブルベ」などという単語も出てきて分からなくなったのでちゃんと診断してみることにしました。

某百貨店でこの類の診断をしているのですが、あまりに予約が取れないので、カラーと骨格が同時に出来てメイクの相談も出来るサロンを予約しました。

 

 

サロンに行くとまずアンケートシートを渡されます。好きな色、苦手な色、よく着る服、なりたい方向性、好きなファッション雑誌、その他職業や趣味などを記入します。それを踏まえて軽く雑談をした後、カラー診断に移ります。

 

カラー診断はドレープという布を顔の下に当てて診断します。こちらのサロンはメイクは落とさずに行うスタイルでした。正直オークルのファンデに合わせたらイエベ の診断出るやろとは思わないでもないのですが、髪や瞳の色でも診断出来るとの事ですし、結局外に出る時はほとんどメイクをしている訳ですからその色に合わせた方がいいような気がしなくもないです。後述しますが、こちらのサロンは比較的実生活での運用を重視されている印象でした。服も化粧品も総取っ替えするし絶対自分のパーソナルカラーを診断してやる!と言う方はメイクを落とすタイプのサロンをお勧めします。

診断は結果から言うと完全にイエベ 秋でした!

イエベ 秋以外全然良くなかった…。ブルベは顔色が青白くなり、色によっては人相的に暗い印象になったりするのですが、イエベ 春もなんだか妙に赤黒く膨張した感じに見えました。春の色自体自分自身が着たい色でなかったのもありますが、春の時の顔色がかなり自分が忌避したい方向性だったので個人的には苦手でした。

診断を元に、自分に似合う色のドレープ群を見せて頂きます。

 

骨格診断はアナリストさんが簡単に肩や鎖骨辺り、腰の辺りを触って診断します。

こちらも結果から言うと紛う事なきストレートタイプでした!

それぞれの骨格タイプのスタイルアップする着こなしを教えて頂きます。骨格タイプよりも顔の印象が優先されるので、色や柄というよりあくまでも着こなし方や似合うシルエットがメインとなります(女優の深田恭子さんはストレートですが、ストレートタイプに似合うとされるカッチリしたスーツよりはもう少し可愛らしい服装の方が似合いますよね、という例えが分かりやすかった)。

何となく自分が自覚していた事が裏付けられ納得した面もありましたが、知らない事もあり目から鱗が落ちました。欠点をカバーしてくれる筈と思っていたギャザースカートが何となく似合わない気がする理由が分かった!

 

その後はメイクのアドバイスです。ここでも目から鱗ポイントがありました。元々自己診断でイエベ 秋だと思っていたので、現行のアイテムはそのまま使える物が多かったのですが、口紅は買い直す必要がありました。イエベ 秋の方にありがちな、イエベだからオレンジやベージュが似合う筈だけれど、元の唇の色素に負けて折角塗っても塗ってるように見えないので違う色を塗っている問題です。使っているレッド系の口紅をお見せしたのですがそれは青味が強いとの事。化粧品コーナーに書いてあるピンク系、ローズ系、レッド系という括りに惑わされていましたが、単体で冷静にみると確かに青味があるように見える。お勧めされたのはブラウン系の口紅でした。正直口紅だけをみるとかなりどぎつい印象で、「こんな色の口紅売ってましたっけ?」などと訊いてしまいましたが普通に売っているそうです(実際売ってました)。先入観があると目に入らないものですね。実際に塗ってみると、しっかり塗っている感があるのに調和する印象でした。

 

 

さて、診断が終わってこれからどうするの?というお話です。こういった診断を受けた方のレポートを拝見すると、(診断結果にもよりますが)服を買い換えた、化粧品総取っ替え、といった方がいらっしゃいますが、私がしたのはイヤリングの買い足しです。メイクで統一感が出た顔にシルバーのイヤリングはちょっと浮いてしまいそうです。これまでゴールドのイヤリングは休日に着用する少しゴツい印象のものを持っていましたが、フォーマルでも違和感のない華奢なタイプのものも購入しました。

悩ましいのはネイルの色です。これまでは比較的、色そのものは暖色であっても青味系のものが好きで集めていました。手だけであれば血色というより色白に見えれば良いし、個人的には肌馴染みより装飾している感が強くても問題ないのですが、服装との兼ね合いもあるので都度都度考えていこうと思います。

 

また、今手持ちの服の着こなしも、買い足しの面では今回の結果を考慮していきたいですね。とはいえ、普通に生活していればTPOに合わせて苦手な色を着る機会もありますし、得意な色だけでワードローブを揃えるのは無理があります。苦手な色でも気に入っている服もあります。この辺りは着こなしでカバーするかある程度の割り切りが必要です。割り切りで言うと、以前サロンに来てブルベに診断され、関ジャニの丸山さんの担当なのにイメージカラーのオレンジが合わない、と仰られた方がいらしたそうですが、その時アナリストさんは「良いじゃないですか!その時は着ましょうよ!」と仰られたそうなのでマジで信頼出来ると思いました。

結局全てを得意な要素でガチガチに固めるのは限られたシチュエーションで行えば良いので、普段はいかに苦手な要素を着こなすかという事が重要となりそうです。苦手な色の服は得意なシルエットで着たり、それ以外のアイテムは得意な色で固めるといった事で、服の幅を狭めず極端に野暮ったくならずに着ていけそうです。お話を聴く限り、その辺りは実生活であまり負担にならないように運用する事を重視しているようで、それを踏まえたアドバイスを下さいます。

それこそ私はたまにライブにいくので、自身のカジュアルダウンしづらい属性なりに溶け込める服装を考えるヒントになりました。

あとワンピースを着る場合、うっかりすると色・素材・シルエット全てが自分の苦手な型になってしまう可能性があります。可愛くて可憐系、重厚感あるキャリア系など一定の方向性に振ったデザインのものもあるため、全部苦手デザインを避け、好きなテイスト且つそれなりに綺麗に見えるものを選ぶ為にも診断する価値はありそうです。

色々と有益な情報を得られたのですが、後から考えるとあれも訊きたかったなと思いついたりするので、もし気になる方は知りたい事を箇条書きにして持っていくのも良いかもしれません。

 

パーソナルカラー&骨格診断、結果的には自己診断通りではあったけれど、客観的な裏付けが出来て凄く精神的にも良かったです。アナリストさんは褒めてくれるし、これまでの不安や疑問も解消されました。と同時に低身長と丸顔の先入観って強固よねと思ったり(顔はちゃんと診断してないけど童顔ではないらしいです。童顔が眼中にないとか不美人を遠回しに表現する場合もあるって知ってるゾ)。そういった事ももしかしたら少しの工夫やそれに伴う振る舞いで変わってくるのかも知れません。

兎に角私が言いたいのはパーソナルカラー&骨格診断は自己肯定感が得られるという事です。

秋冬は私にとって難易度が低そうだったので次の春夏が正念場。爆買いする為に精々働いて経済回していく所存です。

高嶺の花 最終回が思ったよりしっくり来なかった件 (ネタバレ有り)

先日最終回を迎えたドラマ「高嶺の花」。石原さとみはいつだって美しかったし、自転車少年は毎回ほっそりしていった。展開も読めなくて、中盤以降から兵馬様や千秋ちゃんといった主要な登場人物が投入されるのにも新しみを感じ、毎週毎週とても楽しみに視聴していました。

最終回もこの広げに広げた大風呂敷をどう畳むのか気になっていましたし、見終わったら綺麗に纏まったなという印象で満足感がありました。

しかし、どことなく期待外れというか物足りなさを感じている部分もあります。登場人物一人一人の結末としてはこれ以上ない気がするし、他の良い結末が思いつくわけでも無いのですが、この引っかかる感じは何だろうという事を中心に、最終回の感想を書いていきます。

タイトルとここまでの文章でお察しいただいていると思いますが、手放しで褒める記事ではないので苦手な方はここで読むのをやめて下さると幸いです。

 

 

 

 

 

①結末についてのネタバレ

一応ご覧になられていない方の為に、結末をネタバレ致しますと

・ももちゃんは月島流次期家元になるかと思われたが、亡き母の生前の華道の話を知るなどし、新流派を立ち上げる事となる。その後プーさんと結婚し公園みたいなところで生け花教室を始める。

・宇都宮龍一は、市松から次期家元となるももとの結婚を打診されるも、高笑いをしながら高速道路を車で爆走。かと思いきや何故か牧場の様なところで馬を飼育し一攫千金を狙う。

・ななは宇都宮龍一の後を追い牧場へ。龍一に受け入れられハッピーエンド

・もも・ななが共に月島流を離れた後、ルリ子は宣伝強化等を打診、市松との対話により結局一番月島の事を考えていたのはルリ子だったのでは、と認められる。からのもう一人産む宣言。

・運転手の高井は月島に残り市松と和解

・自転車少年が帰還。プーさんやもも、街の人々や同級生に迎え入れられ、とり囲まれてひたすら「お帰り」と声をかけられるというエヴァみたいな演出。

という事になりました。

 

SNSなどで見かけた他の方の感想とざっくりしたフィードバック

色々と盛りだくさん、且つツッコミどころというか急展開もあったのにまさかの全員ハッピーエンドでまとまったので、他の人の感想が気になって検索してみたところ、いくつか手放しで褒める論調ではない気になるコメントがありました。

・野島脚本でこのハッピーエンドがまさにどんでん返し

・全員が誰かに認め愛され平凡に生きることそのものがもはや「高嶺の花」な生き方ということかもしれない

・ティーカップと湯呑みの譬え話から垣間見える女性は守られる存在という意識が垣間見える言説、男達が「冒険だ」といいプーさんと一緒に山梨まで崖の花を摘みに行き女達はそれを見送り待つ側という構造や、結局女(もも)は庶民の中に落ち着いた方がいいといった結末から昭和のおっさんの感覚を感じる

 

かなりうろ覚えで細かい言い回しは異なるかもしれませんが、こういった要旨だったと思います。

一番上の論旨に関しては、私は野島作品を観てきていないのでドラマ自体の評価には全然影響しない感じですが、確かに野島ファンとしては感慨深いのかなと思います。

二つ目については、そういった見方が出来るのか!と思いましたがだいぶメタいアプローチだなと思いました。

三つ目は、何となく分からなくもない気がしたのですが、完全に同意とは言い切れません。ティーカップと湯呑み云々は女性だけに限らないし、男性が冒険に出かける事自体を否定する気もない(男の友情絡みでいうと、正直商店街のメンバーが山梨に出掛ける件よりも市松と高井が和解する場面の方がグッときましたが)。

庶民の中で平凡にというのも、主語が女性というよりはあくまでももとプーさんだから商店街で暮らす事を選んだ、という事だと思います(いや、思いたい)。でも、確かにももちゃんが「こっちの私」だけになって庶民的な生け花教室をやっている結末は何となく物足りない。その辺に今回の引っ掛かりの原因がありそうです。

 

③結局「私はお華」とは一体なんだったのか?

最終回のクライマックスと言えるももが新流派を立ち上げるために花を生ける場面での語り、ももとプーさんの関係性(および親世代の人々の生き様や思い)を例えているのは分かるのだけど、実はあまりピンと来ませんでした。このドラマは華道についての物語では無いし、そもそも私は華道について何も知らないのですが、そこで語られていた「花は太陽に向かって」という思想に素朴すぎる印象を持ちました。ある意味原点回帰的な考え方なんでしょうが、それは形式美を極める華道という枠組みでやる必要ある?と思ってしまいました。ただその場面で生けられた作品は圧倒的に美しくて、勿論その中心にいるももの憑き物が落ちたかのような穏やかな笑顔が素晴らしすぎたのもあるけれど、それが無くとも月島流とは異なる世界観と美に強度があったので、その新しい流派についてどう描かれるか期待を持って観ていました。

結局、新流派については詳しく描かれず、プーさんと結婚したももが公園みたいなところ(あの場所借りるのにまあまあお金かかりそうよね、自治体に申請したら意外と行けるのか?)で市井の人に生け花を教える場面があるのみで拍子抜けしました。このドラマは「もう一人の自分が見えない」とか罪悪感云々とか、割と自分が自分の行動に納得する為に脳内で完結すべき事を、華道というファクターを通して皆が共有する概念のように描いているのが特徴だと思っていたので、何故ここにきて一番思想体系としてガチガチに固まっていないといけないはずの新流派の理論が見えないことをするんだろうと思いました。結局「私はお華」とは?

 

④権威から逃走して幸せになるって割とありきたりじゃない?

結末としてももとプーさんが別れて欲しかったわけでも、プーさんが月島に婿入りして欲しかった訳でもないので、話の流れとしては別に不満はありません。なのでこの違和感の正体は「ノー権威感」に対してのもののような気がします。何の後ろ盾もないとはいえ、新流派の初代家元という貫禄を感じる描き方であれば良かったのかもしれません。権威や格式なんか無くても、寧ろそこから逃れることによって人と互いに認め認められ周囲と暖かな交流を持つ事が出来る、それが幸せ。或いはそういった中に本当の強さが宿る。その様な結末は割とありふれていますよね。その当たり前だからこその大切さを描きたかったんだという事であれば、単純に私好みの結末ではなかった、という事になるかと思いますが。

 

などと色々御託を並べましたが、結局「石原さとみには最後まで分かりやすい高嶺の花でいて欲しかった」という事ですね。凄く美人だけど気さくで蓮っ葉な物言いをする近所のお姉さんという「こっちの私」は、確かな実力と立場、そして美しい所作を持った「あっちの私」が居てこそ輝く様な気がします。というか和服を着て権威を振りかざして「天才の人生を賭けた戯れ」に興じるさとみ様が観たかった。

 

最後に、これは私が見逃しただけかも知れませんが解けなかった謎を。

・コロッケと対話する妻は結局何が原因で夫と口を利かなくなったのか

・兵馬様の家にいた、客人(もも)の入浴の世話までしてくれるあの付き人の正体は

特に二番目が地味に気になるので、どなたか親切な方は教えて下さい。

 

 

補足

・1クール通して視聴して思ったのが、総じて過剰な作品だったなという事。1話の朝食に納豆ご飯を食べながら「ワンチャーン」という場面は、ももの味覚障害が治ったというところを語らずして分からせる引き算の作品かと思わせたので、「カルテット」や「最高の離婚」を手掛けた坂元裕二的世界観かと思いきや、どんどん足し算・掛け算になっていった印象。

ももの台詞では事あるごとに花の例えがあったり、その場にいなかった別の人物が前の場面で使われたのと同じ表現(掃き溜めに鶴とか)を繰り返す感じだったり、プーさんのホワイトボードお説教芸だったり(正直このノリは苦手だった。途中までプーさんが達観し過ぎて得体が知れないのでマジで宗教SFになるのかと思った)、あと野島さん割とトラックの前に飛び出させがちな所とか、振り返ると随所に昭和を感じる。

・最後の公園で生け花教室の場面については、上記文面では文句を言ってしまったけれど、「風間ももにございます」の名乗りはゾクッとした。風間→フー→プー、なんだろうけど、月島と風間で風月になるの計算していたのかと少し思いました。このドラマは比較的名が体を表す名付けが多くセンスがあるなと感じています。市松とかめっちゃ格好良い名前だけど、華道家なら戸籍名の他に歌舞伎の様に世襲する名前があると思うのでその辺りはリアルではないのね、と思ったり。ちなみに、宇都宮龍一が馬の世話をするようになった理由として兄・兵馬の名前の中に馬がはいっているから、という考察があったので、皆様凄く考えているなと思いました。

京都で入手できるオススメ七味

京都には美味しい七味屋さんが沢山あります。今回は代表的なお店を4点ご紹介します。

 

①長文屋

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個人的ベストは長文屋さんです。公式サイトはありませんが食べログなどに基本情報が掲載されています。こちらの七味は駅などのお土産コーナーで目にした事はないので実店舗に行くしか無いのではと思います。

特徴的なのはお店で実際に目の前で調合してくれるところ。小辛、中辛、辛口、大辛の4種類から選べますが、お好みで配合を変えることも可能です。

私はいつも辛口か大辛を選ぶのですが、しっかりと辛い中にも風味や香りがあって絶妙なバランスです。

 

 

②おちゃのこさいさい

www.ochanokosaisai.com

 

舞妓はんのポップなイラストがコミカルで可愛い「舞妓はんひぃ〜ひぃ〜」。産寧坂や駅のお土産コーナーなどで見かけられた方も多いのではないでしょうか。ネーミングやパッケージの印象からネタに走っているだけと思われそうですが、これがしっかり本格派です。確かに激辛を謳っているけれど香り高くて美味しい。辛いので他の七味と比べかける量が少なくなりがちですが十分な風味があります。

 

 

③七味屋本舗

www.shichimiya.co.jp

 

店名がとても真っ直ぐで分かりやすいですね。こちらはあまり辛さを追求せず、薬味としてバランスよく配合したような味付けです。個性は強くないけれど嫌われない味だと思います。手に入りやすいし、特別辛いものが好きではないけれど量販店で買うものよりワンランク上のものを、という場合に最適かと。

 

 

④原了郭

www.hararyoukaku.co.jp

 

宮内省御用達の超老舗店。駅で売っていたので遂に購入しました。黒七味は素材の色が消えるまで揉み込む製法。山椒が強めの味で、比較的独特な味という印象でした。分かりやすい辛さというよりも、コクがあって後からジワジワと身体が温まってくるような辛さです。香辛料というよりも「薬味」というイメージです。原了郭は元が漢方医の処方による御香煎を家業としていたとの事ですので、確かに身体には良さそうな味です。個人的には他の七味とは別に置いておきたい味ですね。

 

比べてみるとお店ごとにかなり味に違いがあります。お土産を購入される際は、相手のお好みに合わせて選ばれると更に喜ばれるのではないでしょうか。

 

他の辛いものに関する記事はこちら。

  

malily7.hatenablog.com

 

 

malily7.hatenablog.com

 

 

malily7.hatenablog.com

 

 

オーシャンズ8が様々なステレオタイプを破っていて面白い

www.oukakreuz.com

こちらの記事を拝読して、めちゃくちゃ観たくなったので劇場に足を運びました。

サンドラ・ブロックケイト・ブランシェットは兎に角めちゃくちゃカッコイイし、リアーナはキュートかつゴージャス、ヘレナ・ボナム・カーターは人間役で流石の演技だし、アン・ハサウェイは最高にチャーミングで美しい!もうそれだけで観る価値があるのですが、それ以外に言いたい事は上記の記事で殆ど書かれているので、未だご覧になられて居ない方は一旦読んでそのまま劇場へGOして下さい。

今回は、それ以外で個人的に思った事を書いていきます。

 

①女ばかりのチーム。でもミサンドリーを拗らせていない。

この映画は色々宣伝されている通り「オーシャンズシリーズの女版」ではあるのですが、こういった女性のチームものにありがちな、男性社会からの抑圧というようなマイナスな描写はありませんし、男性全体への反逆といった物語に収束したりはしません。シンプルに女達が盗む、それだけです。一応主人公の元彼への復讐という要素もあるのですが、ほぼサイドストーリー的な絡みといっていいし、あくまで「元彼」への復讐であって男性全体への憎悪という文脈ではありません。そもそもターゲットのダフネ・クルーガーは女優だし、良い意味でも悪い意味でも利用できる者は男女問わず利用するという考え方が清々しいですね。

このカラッとした爽やかさがこの映画の特徴です。湿っぽい前日譚も殆どないし、女同士のドロドロした人間関係もない。楽しくユーモアを交えながら合理的にスマートに計画を遂行する。とにかく観ていて楽しい。

 

②色々な境遇の登場人物が集結

様々な年齢や人種の女性達が集まったチーム。それぞれが過去にどんな繋がりがあって集結に至ったのかは詳しく描かれていません。全員がプロの犯罪者というわけでもないし、初心者が試行錯誤する話でもありません。前科持ちから軽犯罪級、全くのカタギなど犯罪者レベルも様々。それがどちらかがどちらかに従属したり卑下したりする事もなく、各々の立ち位置で任務を遂行します。カタギの人物がカタギの時にしか得られない技術や立場で替えの効かない任務を行うのも面白い所。

そして誰一人ポンコツが居ない!ちょっと足を引っ張りそうな感じがしたヘレナ・ボナム・カーター演じるローズもいざとなったら肝が据わっている。流石に一時代を築いたデザイナーは違う。

 

③ 比較的有名じゃないキャストもめちゃくちゃ良い

メインキャストは冒頭で列挙した人物の他にも3名いるのですが、あまり海外ドラマなどを観ないこともあって存じ上げませんでした。

でもこの3人がとても良かった!元々誰だか知らないからよりその人にしか見えないのもあるけどやっぱり上手いと思う。

まずサラ・ポールソン演じるタミー。個人的に一番役立ってたし功労賞進呈したい。分け前増やしても良いと思う(それをして揉めないのがこのチームの良いところだろうけど)。盗み関係なくああいう社会人になりたい。

ミンディ・カリング演じるアミータはインド系のカタギのジュエリー職人。リーダーシップを取るタイプではないけれど、与えられた役割に忠実でありながら柔軟性があって捌けたところもある感じがとてもチャーミングでした。

そしてオークワフィナ演じるコンスタンス。凄腕スリという役所。めちゃくちゃステレオタイプな事をいうと、こういう東アジア系の人がハッカー役で黒人系の人がスリという配役がありがちな気がするのだけど、そういうステレオタイプも軽やかにぶち壊してるなぁと思います(この辺はまあ実際のアメリカ社会がどうなのか、という話と関わりそうなのであんまり突っ込むつもりはないのだけれど)。このコンスタンスの役がさりげなく惹きつけられる。抜け目なくちゃっかりしていて飄々とした性格が、ただ歩いているだけのシーンでも表情から分かる。そしてストリート感がある。と思って調べたらラッパーとの事でした。

映画の時は比較的地味で素朴な見た目だと感じていましたが、ラッパーの時の装いは結構印象が異なります。

 

m.youtube.com

抜け感があって可愛い。(この曲を公開して職場をクビになったらしいけど何となく歌詞が職場をクビになりそうな感じだ…)映画クレイジーリッチを観たかったのだけど、こちらにも主人公の親友役で出ているみたいなので楽しみ。

(クレイジーリッチの主人公を演じる女優はコンスタンス・ウー。コンスタンスってアジア系アメリカ人女性に多い名前なの?)

 

④とにかく展開が面白い

大筋のストーリーは消化し終わったかな、と思っても物語は続いていく。目が離せないし時間感覚がなくなります。そして、犯罪計画も物理的な隙を突くだけでなく心理的・構造的な隙を突く感じが絶妙。

 

⑤眼福

皆んな言ってるけど、メットガラが最高。目に楽しい。こういうゴージャスで非現実な世界観は是非劇場で観るべし。

 

というわけで色々述べたのですが、ストーリーとして破綻なくとても良くできているし(実現性云々とかは本当に言うだけ野暮)、ポジティブなパワーに溢れています。難しい事は考えなくてもいいし適度なドキドキ感はあるけど本気でハラハラ心配しなくてもいい安心感。これは元気な時も疲れた時もどちらでも良さそう!DVD買おうかマジで迷ってます。

 

wwws.warnerbros.co.jp

【反面教師】ブログを始めて半年で経ったけれど全然弱小ブログのままだ

いつもお読み頂きありがとうございます。

このブログを3月に開設し、気付いたら半年が経とうとしています。

これまで経過報告記事などは全く書いてこなかったのですが、これはそもそもPV数を上げる努力を全くせず、それが故にご報告できるほどの成果もない事に尽きます。しかし気持ちの良いほどの低空飛行なので、これを機に何故PV数が増えないのか分析してみたいと思います。

ちなみに現在の更新やアクセスの数字は

公開記事数 47

アクセス数 7900

現在では1日平均30〜60といった所です。開設からの期間や記事数から見て、他と比べてかなり少ないと言っていいと思います。なのでどれだけこの記事を読んでいる方が居るかは分かりませんが、PV数を上げたかったらこのブログとは逆の事をしてみて下さい。知らんけど。

 

 

スマートフォンだけで運用している

これがほぼ全ての元凶といってもいいかも知れません。

だから元々はてなブログに実装されている機能以上の事をする為にHTMLを触る、みたいな事が出来ません。そもそも知識がないんですけどスマホだしそれをやってみるという向上心すらありません。結果的に

・デザインのカスタマイズ

・クリックしたら遷移するような目次の設置などの親切設計

みたいなGoogleさんに評価してもらえるようなSEO対策はほぼ出来ていません。

せめてGoogleアナリティクスを導入して閲覧の動向を見られたら面白そうと思ったのですが、同じ理由で断念しました。

 

流石に何かしなければと、「にほんブログ村」にアカウントを作ってみました。登録したらそこにブログを積極的に読みたい人が探しにきて、読みたい分野のものを見つけられる、というサービスだと思っていたのですが、サイトの主眼となるコンセプトが「記事の下ににほんブログ村のバナーを貼り付け、そのバナーのクリック数でランキングが上がる」という事らしいので、にほん村を経由して閲覧数が増えたランキングじゃないっていうのが釈然としなかったのと、そもそもバナー設置できないわという事でほぼ放置しています。

 

 

②そもそもはてなブログの機能ですら使いこなせているか怪しい

流石に最初の頃よりは分かってきたので、最低限ユーザーの皆さんが使いやすいように、見やすいように機能を使っています。

どちらかというと、記事内容の参照としてリンク先や過去記事、関連商品を埋め込むという作業がメインで、あとは文章として必要な処理をするくらいです。それもスマホアプリで文字をベタ打ちしてから最後に行う感じです。

脚注の機能があるのは分かっていますが、もう最初に自前でテキトーに体裁を決めてしまったので今更使うのも、みたいな所があります。気が向いたら使うかも知れないのでその時はヌルッとスルーして下さい。

基本的にアプリでできる範囲の事で賄いたいので、最初の頃に作った話題のタグも放置してます。

 

SNSと連携していない

この時代、せめてTwitterと連携するのが当たり前だと思うのですが、実質していません。一応連携はしているのですが、肝心のTwitterアカウントが非公開なので、限られた範囲に更新情報を発信していることになります。それも比較的最近繋がった方にはある程度興味範囲と一致した記事を書けているのかも知れませんが、Twitterを始めた当初繋がった方がどれだけ見てくださっているかというと疑問です。

 

 

④ 更新頻度とか内容とか

当初は2日か3日に一回くらいの更新ペースを守っていたけれど、4ヶ月目に入ってから翳りが見え始め8月は2回に留まりました。やはり暑いとやる気でないですよね。寧ろほとんど更新していないのに一応アクセスがあるのがすごいです(以前アメブロで解析方法が変わってアクセス数激減!みたいな時がありましたが、弊ブログの1日30PVはちゃんと人間の閲覧?)

字数は一記事あたり2000〜3000字代の事が多いです。最低1000字は書いた方が良いらしいのでこれだけは結果的に守れています。

ちなみに恐らく一番閲覧されている記事は牛丼屋3社カレー比較の記事見たいです。結構以前に書いたのに根強いですね。

 

malily7.hatenablog.com

 

タイトルは出来るだけどういったトピックか分かりやすいようなものを付けるようにしていますが、この時は

 

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 良いタイトルが思い付かず仮題を付けてそのまま公開したところあまりアクセス数が伸びませんでした。タイトルで何の話題か分からないのは駄目という事ですね。

その次は反省して煽りっぽいタイトルにしたら増えました。

 

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こんな私ですが、一度はてなブログさんに取り上げて頂きPV数が急激に増えた事があります。

 

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急激にと言ってもちゃんとブログを運営されている方に比べたら足元にも及びませんが。

普段は、あまり世の中的にタイムリーな話題を書かないのですが、この時はジェイドのCM公開後比較的すぐこちらの記事を公開したのが良かったのかなと思います。

その後はてなブログさんの取り上げた過去記事ダイジェスト版が纏められた段階で少しPV数を伸ばしました。それ以前にも米津玄師さんの曲についての記事を書いた際も比較的読んで頂けたようです。米津特需凄い。

 

malily7.hatenablog.com

 

その時に気付いた事があります。

・アクセス数が増えても読者数は増えない

記事を読んでいる方がはてなブログユーザーとは限らないのでさもありなんという所ですが、もう一つ大きな要因があると思っています。

 

⑤そもそもコンテンツ力が弱い

これが音楽に特化しているブログであれば、ジェイドの記事でアクセスされた方が読者登録をする流れになるのですが、テーマはまちまちですし、あのくらいきっちり纏めた文章を出すのは稀です。

そもそも情報を発信するというより随筆なので(めっちゃ聞こえ良い様に言った)、別に有益な事を言う感じではありません。

雑感や何かのレビューでも、その人の属性に付加価値があれば面白いのでしょうが、恐らく小賢しいだけの平凡なOLの意見なんて多分社会的にも一番求められていないように思います。

 

 

何だかやさぐれた感じで終わりましたが、現状に不満がある訳ではありませんし、況してやこれを機に改善しようと思っている訳でもありません。ブログを始めたきっかけにも書きましたが、私は思った事を文章に残していきたいだけなので、上記のような労力は掛けず、趣味として楽しく書いていければと思っています。

 

 

malily7.hatenablog.com

 

ブログを書くのは自分の脳という出来の悪いローカル環境から、作ったデータをクラウドに上げて動作を軽くする作業に似ています。こんな超個人的な作業にアクセス数が付いている事自体が申し訳ない気がします。なのでせめてご閲覧くださっている奇特な方々の不愉快にならない文章を心掛けていきたいと思っております。

 

次回は多分オーシャンズ8を観た件について書きます!

皆、案外こっち側なんでしょ?だったら山内マリコの小説を読んで

先日から山内マリコ氏の小説を読んで、完全にファンになっています。

地方都市に住む女性目線の話の短編集「ここは退屈迎えに来て」でお名前は存じ上げていたのですが、何故か興味の範囲外、むしろ苦手なタイプの話かもと先入観があり手を出さずにいました。完全なる恋愛小説で、地方都市を離れた私とは正反対の属性の人々の話だと思い込んだのです。

ところが偶然こちらの記事を読んで、寧ろこっち側の人々についての話かもしれない、と思い俄然興味を持ちました。

gendai.ismedia.jp

 

私が読んだのは、読んだ順に「さみしくなったら名前を呼んで」「かわいい結婚」「ここは退屈迎えに来て」です。

「かわいい結婚」は他2作と比較し、より軽妙なタッチでコミカルですらありながら、緩い絶望が続いていく事を示唆する様な読後感です。後の2作は、淡々と緩い絶望を描きつつも仄かな希望を感じさせるという、近しいテーマを扱いながらも逆のベクトルで展開していく印象でした。個人的には後者の作風が好きだったので、こちらについての感想を思いつくままに書いていきます。

 

 

◾️さみしくなったら名前を呼んで

さみしくなったら名前を呼んで (幻冬舎文庫)

さみしくなったら名前を呼んで (幻冬舎文庫)

 

 

一つだけ少し毛色の違う短編があるのを除いて、地方都市で生まれ育った女性が主人公という共通点があるものの、それぞれが独立した無関係の物語で長さもまちまち。主人公の立場や年代、容姿や性格もバラバラ。完全に自分と同一化出来そうな人物はいないけれど、それぞれが「地方都市生まれの女」という記号から離れて、1人の自我のある人間としてイキイキと立ち上ってきます。

会話文の女同士のちょっとした毒舌や、ふざけて粗雑な喋り方をしてみる感じが、過剰にならずとてもリアルです。

 

個人的にとても良かったのが「遊びの時間はすぐ終わる」です。この本の中では比較的分量があり読み応えがある話です。出身地を離れて都会に住んでいるという主人公が帰省し旧友と会うという流れを軸に、所々回想を挟みながら主人公の思考が描かれます。出身地を離れたという設定が私と同じだった上に、先日帰省した際に色々と思う事もあり一番印象に残りました。

特にこのフレーズ

なににしようかあれこれ考えた挙げ句、東京ばな奈に着地してしまった自分はなんてダサいんだと凹んだけど、それで正解だった。間違っても溜池山王まで行って、ツッカベッカライ・カヤヌマのクッキーなんて買わなくてよかった。ー中略ーどちらの世界とも、微妙にそりが合わないけど。わたしはその中間で、どっちつかずにぷらぷら浮遊している。

 

東京に住んでいないので、溜池山王まで行く事のハードルがイマイチ掴みきれないところはあるのだけれど、帰省する時に定番すぎるものを避ける気持ちが凄く分かる。私はこの話の主人公よりは少し「現在住んでいる場所」寄りの立ち位置です。どちらかというとそういう文化的な御作法が嫌いではなく、というより気の利いた会話や振る舞いができるタイプではないので、せめて事前準備出来る手土産くらい気を利かせないと、などと思ってしまいます。そして溜池山王的な場所に赴いたり並んでまで購入するという気力が無い事を棚に上げ、何食わぬ顔をして良さげなものをサラッと購入するフェーズに入りたいものです。

それでも今住んでいる土地柄に対する違和感やアウェー感を持つ事もあります。このそれぞれの土地に対する違和感を「微妙にそりが合わない」と表現したのがとてもしっくり来ました。

特に生まれ育った土地に対するそれについて、先日私は愛国心という単語まで持ち出して考えたのに、「微妙にそりが合わない」その一言で鮮やかに描き切ってしまったのが、納得感がありすぎて清々しい気持ちになりました。

malily7.hatenablog.com

 

 

◾️ここは退屈迎えに来て

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)

 

 

こちらは8編の物語で構成され、それぞれの主人公の視点から別の話が展開しますが、全ての物語に「椎名」という男性が登場し、1冊を通してその人物像が浮かび上がってくるようになっています。

最初の物語は一度東京に出て30歳で故郷に戻ってきたライターの女性が主人公。そこからだんだん時代を遡り、最後の物語では主人公が16歳となります。最後まで面白く読みましたが、共感する部分が多かったのは最初の話くらいでした。だんだん登場人物達の年齢が下がってくるにつれ自分の記憶と離れて行くのと、地方都市に居続けている、未だ居るという設定が少し自分と違う属性のように感じられました。

各話の退屈に塗れた主人公達と、それと対比するかのように異なる属性として描かれる、椎名という存在。あぁこういう人クラスやコミュニティに1人はいるいる、と思うのですが、これを地方で幅を利かせている所謂マイルドヤンキーの象徴として捉えるのは少し違うような気がします。何というか典型的な地方都市のあんちゃんではあるようなのですが、こういう人をある種の属性に当てはめながらも多層的に見せるという物語は初めて読んだかも知れません。まあ私の中のマイルドヤンキーのイメージが偏見だらけというのもありそうですが。

それはそうと、この小説は今秋映画が公開されるそうです。(おそらく小説の中の何編かを組み合わせた感じになって、より椎名にフォーカスが当たるような作りになるのでは、と予想しています)。

主要キャストが橋本愛さん、門脇麦さん、成田凌さんという情報は得た上で小説を読みました。冒頭の話のライター女性が橋本愛さんという配役との事ですが、橋本愛さんにアラサーのイメージを持っていなかったので、小説の雰囲気とちょっと異なる印象を受けました。

最初の話からそんな感じなので、あまり映画の配役は意識せずに読めたのですが、読み進むうちに、どんどん椎名が成田凌さんっぽい感じになってそれ以外の配役が考えられなくなってきました。別に成田凌さんについて詳しい訳でもなんでも無いのですが、これは観る前から大正解の予感がします。初めて縦列駐車に成功して自慢してくる成田凌とか最高かよ。

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◾️サブカルガジェットに関して

取り上げている2作ともに共通するのが、サブカルガジェットの登場です。時に自然に、時に主人公達と地元のマジョリティの意識上の文化的な断絶を表すような描かれ方をしています。

色々な分野のカルチャーが取り入れられているのですが、比較的音楽についてが多い印象があります。山内さんはこういう地方都市小説を書くぐらいなので、文化全般に造形が深いと思うのですが、小説に登場してくるアーティストは、数年前くらいの、日本の雑誌に載るレベルの洋楽ロックを聴いている大学生のツイッターのプロフィールにスラッシュ付きで羅列されているようなラインナップ(つまり私)で非常に良い塩梅です。

「さみしくなったら名前を呼んで」では新人バンドを律儀にチェックする彼氏について

 

その時々でいろんな答えが返ってきたけれど、なんか釈然としなかった。だってなんか、新人に飛びついて次々消費して、人の初期衝動を使い捨ててるみたいじゃん。(ボーイフレンドのナンバーワン)

 

と述べる部分があるけれど、「ここは退屈迎えに来て」では元々メンバーが裕福だったストロークスのCDを勧められて

 

あたしはアメリカやイギリスの、夢も希望もないド田舎出身のバンドが好きだ。打ち棄てられたような町で育った、貧乏で誰にも認められたことのない若い男の子が集まって作った、初期衝動のつまったデビュー作が好きだ。(君がどこにも行けないのは車持ってないから)

 

と言ってるの、最高にエモいなと思います。

 

 

 

冒頭でご紹介した記事や小説の内容を通して、山内さんは「故郷を離れる原動力は、好奇心や向上心」というように捉えられているように見受けられますが、実は私自身が故郷を離れる際はあまりそういった意識がありませんでした。故郷以外の土地に私が採りたい選択肢があるから、そして、(別に嫌いではないけど)ここはずっと居る場所ではないように思うから、という些かエクソダスみのある理由でした。しかし一度故郷を離れ相対的な都会へ出てしまうと、やはり故郷は退屈かも知れないという考えが浮かんでいます。

私は故郷よりも田舎レベルの高い土地には住めないと思うのだけれど、故郷であれば今の様に気軽にライブに行けなくても、百貨店を使い分ける余地が無くても、与えられた条件の中で日常を過ごしていくのではないかという気もしています。気の利いたカントリーサイド感のない地方都市の画一化された風景は小説の中では「ファスト風土」などと揶揄されていますが、大企業の資本投下と物流に支えられ、ある一定レベルまで都会との文化度が同期されている事は、地方都市に住む人々の生命線のようにも思われてなりません。

 

山内さんの作品は、比較的軽く読みやすい文体ですが、テーマもどちらかというと限定されていて、興味の範囲外にある人が読んでも全然刺さらない可能性はあります。(正直、東京で生まれ育った人や完全マジョリティタイプが登場人物を悪く言ったり共感出来ないなどと言っていても、所詮持てる者が持たざる者の事なんて分かるかよなどと思ってしまうと思う。)

とは言え私は人々を分断したい訳ではありません。周囲への違和感、行き詰まり感や挫折、残念な所も多々ある街へのそこはかとない愛着などは、生まれ育った場所や属性に拘らず共通するのではないでしょうか。

是非こっち側だと思う方、そしてそうでない側の方も一度読まれてはいかがかなと思います。

 

反骨とパラノイア

www.yutsuba-rock.net

この記事を拝読し、「そうは言ってもドロスの曲は英詞の方が好きだし、KABUTOはイントロからして格好良いやろ」などと思いながら入眠したら、川上洋平氏と羊羹を食べる夢を見たので、何らか還元しなければならないと思い筆を執っています。

とはいえ、[ALEXANDROS]の日本語の曲が良くないと言っている訳では無いですし、遊津場さんの記事に異議を唱えるつもりもありません。寧ろ、邦楽ロックを聴いている人がどういう動機で聴いているのか興味深く、音楽的な考察としても勉強になりました。

上記の記事の要旨をざっくりまとめると

・邦楽は歌詞一点突破型が多い

・洋楽は音自体を楽しむ作りになる傾向がある

・邦楽の進化が止まっている?w-inds.、ヤバTへの言及

・優劣の問題ではなくその音楽との出会い方の問題

との事です。(間違っていたらご指摘下さいませ)

 

この記事はそれを受け、私なりに何故洋楽を聴くのか、そして邦楽ロックを聴いてみるつもりがなんだかマニアックな所に辿り着いてしまった感があるので、その辺りの個人的な考察を記すものとなります。多分何かいけすかない感じの文章になると思うので、洋楽を聴く人や私と同じアーティストが好きな人が同じ考えではないと言うことは最初に申し添えて置きます。あと英語が分かる人は完全に当てはまらないように思います。

などと沢山エクスキューズを言い置いた所で行ってみます。

 

 

①そもそも洋楽に耳が慣れている

元々古い洋楽ロックを聴く親のいる家庭で育ったのと、邦楽ロックを経由せず、中学生時分から洋楽に嵌り出したため、耳馴染みがあるというのは大きな要素かも知れません。音楽的素養はないので、洋楽っぽい特徴といえば裏拍が多いとか、割と歪んだ音が多い気がする…?くらいしか思いつかない。のでいつも通り歌詞の話をすると

・英詞は日本語の詞に比べ、ラップじゃなくても韻を踏む率が高い

・日本語は母音と子音がほぼ一対なのに対し、英語は一音節に複数子音が詰まっているので、間延びして聴こえにくい

・上記も踏まえ、意味に引っ張られず言語を楽器のように捉えて聴くことがしやすい

この辺りが歌詞的な観点からの耳馴染みといえそうです。

 

②歌詞の内容について

所謂いい曲、つまり、爽やかで元気が出るとか、心温まるとか、毒気のない切なさなどを醸し出す詞を、便宜上「共感前提型」と呼ぶことにします。

私も邦楽を聴くようになって、これまでなんとなく聴いていた曲も、変わった表現の切り口や叙情的な美しさなど良い詩があると思うようになりました(当たり前だけど皆が皆「空を見上げ」たり「君の名を呼ん」だりしてる訳じゃないね!)※1。

しかし個人的な事ですが、私はどうにも共感前提型の曲ばかり聴いていると疲れてしまうようで※2 普段聴く曲の3割程度が丁度いいかなと思っています。ところが、実際の数は別としてですが、やはり共感前提型はリリースの仕方やマスな媒体への露出によって発見しやすい所にあるため、そうでない曲を探す方が労力がかかります。

そうでない曲というのは色々とあります。たとえば、反骨精神※3 があったり皮肉や諧謔を帯びている曲は、誰か/何かに与しないという共感とは異なる立ち位置となります。あるいは抽象的な内容だったり、テーマや思想に独自性があるものが当てはまります。共感前提型の作詞者が本当に思って書いてないとは全く思っていませんが、「皆共感してくれるはず」という曲(で共感できずに疎外される)より「共感されなくても思ってる事を書く」の方が潔くて、共感できたときに嬉しい気がします。

そうなると、気分でない曲を聴くよりは、歌詞を瞬時に知覚できない英詞の曲を聴くようになります。日本語詞だと好みじゃない方向性や陳腐な表現にげんなりしやすいですが、外国語であればよっぽど反感を持つ内容で無い限り許容できます。たとえLimp Bizkitがピークを過ぎてから本国である種の層からアホの聴く曲として蛇蝎のように嫌われようが※4 、音さえ良ければ私には関係がありません。

というか、Limp Bizkitの曲が日本語詞だとしたら聴くに耐えないと思います。身勝手な事に、過激だったり下品な言葉を音声で聴くのは、母国語より外国語の方が心理的なハードルが下がるようです。

あと、洋楽は割とパラノイアについて歌いがちです。これはインテリ系も悪ぶってる系もどちらにも当てはまります。パラノイアが英語でどのくらい日常的に使われるのかは分かりませんが、日本語詞では中々パラノイアの話はしないし、実際にごりごりパラノイアックな歌詞は聴くに耐えないかも知れません。

 

③そうはいっても筆者は最近(限られた範囲の)邦楽ばかり聴いている件

この辺りは私が活字マニア且つ言語感覚フェチ※5 なのが影響しています。

活字として読んで興味深く思考強度を感じる歌詞、素敵に表現するというより感覚に忠実に表現した結果の意外性ある単語の選択や並び。こう言った歌詞は結果的に、情報量が多くなり字数が詰まったり、物語性を省いた分韻を踏んでいたり、①の要素に近づいていないこともない気がします。あとよくよく読んでみるとパラノイアの話をしてくれている事があります。

 

④新しい音楽は誰に紹介してもらったら良い?

冒頭でご紹介した遊津場さんの記事では、どんな音楽が好きになるかは出会い方(≒誰に教えてもらったか)による、との事ですが、これは本当にそうだと思います。

よく考えたら私は中学の時もう少しKICK THE CAN CREWに嵌っていても良かったように思いますが、ウザい先輩が歌っていたせいか言うほど嵌りませんでした。

今の時代、人に紹介されなくても色々な媒体で音楽を探せるし、自分の耳で好き嫌いを決められる時代ではあります。音楽記事や動画サイト、アーティスト同士のSNSでの繋がり、実際聴いたライブで探すのは楽しいですが、その中で如何に効率よく自分好みの新しい音楽に出会えるか。それは自分の好きなアーティストからの紹介のような気がします。

そもそも自分の好きな音楽を提供しているアーティストですから好みの傾向が似ている可能性は高いです。プロのアーティストが圧倒的に知識や守備範囲が広い事を割り引いても、どんな趣味か分からない素人の知人よりは打率が高そうです。

だってw-inds.が居なかったらLimp Bizkitを聴いていない※6 し、[ALEXANDROS]が英詞で歌っていなかったら邦楽に興味を持っていないから!

 

そうです。奇しくも私に、洋楽・邦楽という両方の「分野」に興味を持たせた人々の名前が同じ記事に出ていたので書いてみました。やっぱり音楽業者の影響力、プロの力半端ないですね。

 

※1 クソ餓鬼だったのでAqua Timezの「辛い時辛い時言えたらいいのになぁ」という歌詞を聴いて「その辛ぇという歌詞を書けよ」と思っていたのですが、流石に今は一応意味がわかります。

※2 感情移入し続けたり同調を求められ続けるとしんどくなります。あと単純に心が汚い。割といつでも権力闘争の小説を読みたい。

※3 反骨精神があって爽やかになれる曲に「俺はロックスターになってやる」系があります。抽象度の高い歌詞にもその傾向がありますが、私自身の人生と「ロックスターになる事」とはこれまでもこれからも無関係なので、当事者意識を持たず軽やかな気持ちで、純粋に曲を楽しみ応援することが出来ます。(なんだかBL漫画を嗜む女性の一意見みたいな言い方ですが構造としては同じだと思います)。

※4 日本でいうと一時期評価を落とした時のORANGE RANGEに近しいのかもしれませんが、アメリカの事なのでもっと落差が激しそうです。

※5 言葉本来の意味だと「眼鏡フェチ」は物だから正しく、「脚フェチ」は本人そのものだから誤用という事になりますが、言語感覚は人の器官から発して本人を離れて存在するのでギリギリ正当だと思います。

※6 中学生の時のクラスでジャニーズではなくビジョンファクトリー系のアイドルが流行った時期がありました。Limp Bizkitについてはラジオで紹介されていたと思うのですが、直後に洋楽に入れ込みだしほぼ興味を失ったので、こういう事を恩知らずというのかも知れません。