思念が奔逸中

情報発信の体裁で雑念のみ垂れ流します

皆、案外こっち側なんでしょ?だったら山内マリコの小説を読んで

先日から山内マリコ氏の小説を読んで、完全にファンになっています。

地方都市に住む女性目線の話の短編集「ここは退屈迎えに来て」でお名前は存じ上げていたのですが、何故か興味の範囲外、むしろ苦手なタイプの話かもと先入観があり手を出さずにいました。完全なる恋愛小説で、地方都市を離れた私とは正反対の属性の人々の話だと思い込んだのです。

ところが偶然こちらの記事を読んで、寧ろこっち側の人々についての話かもしれない、と思い俄然興味を持ちました。

gendai.ismedia.jp

 

私が読んだのは、読んだ順に「さみしくなったら名前を呼んで」「かわいい結婚」「ここは退屈迎えに来て」です。

「かわいい結婚」は他2作と比較し、より軽妙なタッチでコミカルですらありながら、緩い絶望が続いていく事を示唆する様な読後感です。後の2作は、淡々と緩い絶望を描きつつも仄かな希望を感じさせるという、近しいテーマを扱いながらも逆のベクトルで展開していく印象でした。個人的には後者の作風が好きだったので、こちらについての感想を思いつくままに書いていきます。

 

 

◾️さみしくなったら名前を呼んで

さみしくなったら名前を呼んで (幻冬舎文庫)

さみしくなったら名前を呼んで (幻冬舎文庫)

 

 

一つだけ少し毛色の違う短編があるのを除いて、地方都市で生まれ育った女性が主人公という共通点があるものの、それぞれが独立した無関係の物語で長さもまちまち。主人公の立場や年代、容姿や性格もバラバラ。完全に自分と同一化出来そうな人物はいないけれど、それぞれが「地方都市生まれの女」という記号から離れて、1人の自我のある人間としてイキイキと立ち上ってきます。

会話文の女同士のちょっとした毒舌や、ふざけて粗雑な喋り方をしてみる感じが、過剰にならずとてもリアルです。

 

個人的にとても良かったのが「遊びの時間はすぐ終わる」です。この本の中では比較的分量があり読み応えがある話です。出身地を離れて都会に住んでいるという主人公が帰省し旧友と会うという流れを軸に、所々回想を挟みながら主人公の思考が描かれます。出身地を離れたという設定が私と同じだった上に、先日帰省した際に色々と思う事もあり一番印象に残りました。

特にこのフレーズ

なににしようかあれこれ考えた挙げ句、東京ばな奈に着地してしまった自分はなんてダサいんだと凹んだけど、それで正解だった。間違っても溜池山王まで行って、ツッカベッカライ・カヤヌマのクッキーなんて買わなくてよかった。ー中略ーどちらの世界とも、微妙にそりが合わないけど。わたしはその中間で、どっちつかずにぷらぷら浮遊している。

 

東京に住んでいないので、溜池山王まで行く事のハードルがイマイチ掴みきれないところはあるのだけれど、帰省する時に定番すぎるものを避ける気持ちが凄く分かる。私はこの話の主人公よりは少し「現在住んでいる場所」寄りの立ち位置です。どちらかというとそういう文化的な御作法が嫌いではなく、というより気の利いた会話や振る舞いができるタイプではないので、せめて事前準備出来る手土産くらい気を利かせないと、などと思ってしまいます。そして溜池山王的な場所に赴いたり並んでまで購入するという気力が無い事を棚に上げ、何食わぬ顔をして良さげなものをサラッと購入するフェーズに入りたいものです。

それでも今住んでいる土地柄に対する違和感やアウェー感を持つ事もあります。このそれぞれの土地に対する違和感を「微妙にそりが合わない」と表現したのがとてもしっくり来ました。

特に生まれ育った土地に対するそれについて、先日私は愛国心という単語まで持ち出して考えたのに、「微妙にそりが合わない」その一言で鮮やかに描き切ってしまったのが、納得感がありすぎて清々しい気持ちになりました。

malily7.hatenablog.com

 

 

◾️ここは退屈迎えに来て

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)

ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫)

 

 

こちらは8編の物語で構成され、それぞれの主人公の視点から別の話が展開しますが、全ての物語に「椎名」という男性が登場し、1冊を通してその人物像が浮かび上がってくるようになっています。

最初の物語は一度東京に出て30歳で故郷に戻ってきたライターの女性が主人公。そこからだんだん時代を遡り、最後の物語では主人公が16歳となります。最後まで面白く読みましたが、共感する部分が多かったのは最初の話くらいでした。だんだん登場人物達の年齢が下がってくるにつれ自分の記憶と離れて行くのと、地方都市に居続けている、未だ居るという設定が少し自分と違う属性のように感じられました。

各話の退屈に塗れた主人公達と、それと対比するかのように異なる属性として描かれる、椎名という存在。あぁこういう人クラスやコミュニティに1人はいるいる、と思うのですが、これを地方で幅を利かせている所謂マイルドヤンキーの象徴として捉えるのは少し違うような気がします。何というか典型的な地方都市のあんちゃんではあるようなのですが、こういう人をある種の属性に当てはめながらも多層的に見せるという物語は初めて読んだかも知れません。まあ私の中のマイルドヤンキーのイメージが偏見だらけというのもありそうですが。

それはそうと、この小説は今秋映画が公開されるそうです。(おそらく小説の中の何編かを組み合わせた感じになって、より椎名にフォーカスが当たるような作りになるのでは、と予想しています)。

主要キャストが橋本愛さん、門脇麦さん、成田凌さんという情報は得た上で小説を読みました。冒頭の話のライター女性が橋本愛さんという配役との事ですが、橋本愛さんにアラサーのイメージを持っていなかったので、小説の雰囲気とちょっと異なる印象を受けました。

最初の話からそんな感じなので、あまり映画の配役は意識せずに読めたのですが、読み進むうちに、どんどん椎名が成田凌さんっぽい感じになってそれ以外の配役が考えられなくなってきました。別に成田凌さんについて詳しい訳でもなんでも無いのですが、これは観る前から大正解の予感がします。初めて縦列駐車に成功して自慢してくる成田凌とか最高かよ。

filmaga.filmarks.com

◾️サブカルガジェットに関して

取り上げている2作ともに共通するのが、サブカルガジェットの登場です。時に自然に、時に主人公達と地元のマジョリティの意識上の文化的な断絶を表すような描かれ方をしています。

色々な分野のカルチャーが取り入れられているのですが、比較的音楽についてが多い印象があります。山内さんはこういう地方都市小説を書くぐらいなので、文化全般に造形が深いと思うのですが、小説に登場してくるアーティストは、数年前くらいの、日本の雑誌に載るレベルの洋楽ロックを聴いている大学生のツイッターのプロフィールにスラッシュ付きで羅列されているようなラインナップ(つまり私)で非常に良い塩梅です。

「さみしくなったら名前を呼んで」では新人バンドを律儀にチェックする彼氏について

 

その時々でいろんな答えが返ってきたけれど、なんか釈然としなかった。だってなんか、新人に飛びついて次々消費して、人の初期衝動を使い捨ててるみたいじゃん。(ボーイフレンドのナンバーワン)

 

と述べる部分があるけれど、「ここは退屈迎えに来て」では元々メンバーが裕福だったストロークスのCDを勧められて

 

あたしはアメリカやイギリスの、夢も希望もないド田舎出身のバンドが好きだ。打ち棄てられたような町で育った、貧乏で誰にも認められたことのない若い男の子が集まって作った、初期衝動のつまったデビュー作が好きだ。(君がどこにも行けないのは車持ってないから)

 

と言ってるの、最高にエモいなと思います。

 

 

 

冒頭でご紹介した記事や小説の内容を通して、山内さんは「故郷を離れる原動力は、好奇心や向上心」というように捉えられているように見受けられますが、実は私自身が故郷を離れる際はあまりそういった意識がありませんでした。故郷以外の土地に私が採りたい選択肢があるから、そして、(別に嫌いではないけど)ここはずっと居る場所ではないように思うから、という些かエクソダスみのある理由でした。しかし一度故郷を離れ相対的な都会へ出てしまうと、やはり故郷は退屈かも知れないという考えが浮かんでいます。

私は故郷よりも田舎レベルの高い土地には住めないと思うのだけれど、故郷であれば今の様に気軽にライブに行けなくても、百貨店を使い分ける余地が無くても、与えられた条件の中で日常を過ごしていくのではないかという気もしています。気の利いたカントリーサイド感のない地方都市の画一化された風景は小説の中では「ファスト風土」などと揶揄されていますが、大企業の資本投下と物流に支えられ、ある一定レベルまで都会との文化度が同期されている事は、地方都市に住む人々の生命線のようにも思われてなりません。

 

山内さんの作品は、比較的軽く読みやすい文体ですが、テーマもどちらかというと限定されていて、興味の範囲外にある人が読んでも全然刺さらない可能性はあります。(正直、東京で生まれ育った人や完全マジョリティタイプが登場人物を悪く言ったり共感出来ないなどと言っていても、所詮持てる者が持たざる者の事なんて分かるかよなどと思ってしまうと思う。)

とは言え私は人々を分断したい訳ではありません。周囲への違和感、行き詰まり感や挫折、残念な所も多々ある街へのそこはかとない愛着などは、生まれ育った場所や属性に拘らず共通するのではないでしょうか。

是非こっち側だと思う方、そしてそうでない側の方も一度読まれてはいかがかなと思います。