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「そしてミランダを殺す」は叙述トリックなのか

海外の小説はあまり読まないのですがサスペンス系はたまに読みます。

久し振りに読んでみたのでざっくりとした感想を。

ストーリーの内容は極力記載しませんが、記事タイトル通り叙述トリック云々の話をするので未読の方はご注意下さい。おそらくヒント程度は出てきます。

読んだ本はこちら

 

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)

 

 

 

 

表題の件、帯に「この展開、予想出来るはずがない!」とあったので叙述トリックものだと思い込んだけれど、別に叙述トリックとは書いてない。でも確かに予想はしなかった展開だったかも。

この小説は章の名前が人名になっており、冠されている人物の視点から語られていきます。一冊通してトータル4名の視点が入れ替わり立ち替わりする、という構造になっています。そして一冊で一つのストーリーですが、3部に分かれていて、部ごとに話の様相が変わっていきます。

叙述トリックというと、読者を騙す事を目的とした小説で、物語の終盤に種明かしがされるというイメージがあります。そういう狭義の意味でいうと本作は叙述トリックではありません。寧ろ帯にあった予想出来ない展開(=筋立て)が、部が切り替わる中盤にある、といった印象です。しかしよく考えてみると、単純に話の筋が想定外の方向に行くというだけでなく、その展開に絡めてある事実が判明するといった叙述トリックが使われています。手法としては比較的ありがちな気もしますが、海外っぽくてなるほどという感じでした。その「ある事実」を終盤の種明かしにするのではなく、中盤以降のストーリーに活かしていったパターンですね。

 

以下雑感です。

・主人公リリーのした事が露呈する綻びとして作用するのでは?と予想をしていた要素があったのですが、その話はずっと出て来なかったため回収しないんだなと思っていたらまさかのオチに持ってくる流れでした。

・犯罪を冷徹に遂行する女主人公が出てくる海外小説というと「その女、アレックス」がありますが、そこまでの悲壮感やヒリヒリ感はありません。淡々としています。そもそも「その女、アレックス」は読み始めると続きが気になって一気に読んでしまいますが、かなりエグくて人にはお勧めしづらいところがあります(私はフィクションであれば何でもいいし、作者と小説は切り離せるタイプですが、もしこの作者が平凡で幸せな家庭を築いていながらこんな小説書いたとかだったら何か嫌だなとすら思いました)。「そしてミランダを殺す」はそこまでの忌避感がなく、この分野の小説が好きな人には問題なくお勧め出来ます。

・登場人物の顔立ちや体型、服装などの見た目の描写が豊富で、映像が眼に浮かぶような文章。

・ふとウィノナ・ライダー、ヴァンパイア・ウィークエンドといった固有名詞が出て来ると急に同時代性が意識に登るけれど、この話が具体的に西暦何年の話なのかはよく分からない。

・リリーはサイコパスもしくはソシオパスという説が解説にもあり、レビューなどにも散見されます。確かに冷静さや機敏な行動力、ある種の良心の欠如はあるものの、犯罪への動機などは割とナイーブというかセンチメンタルな印象を受け、従来のサイコキラーのイメージからは外れていました。しかし読み返してみると、相手に利するような考えや行動を起こしていても、そこに真の同情や共感は無くあくまで自分本位な思考だと気付きました。本筋とあまり関係ない所でいうと、「無関係の第三者に人の死に際を見せるのは不当だ」というような部分があるのですが、「可哀想」「申し訳ない」ではなくて「不当」というのが中々だなと思います。ここで「その第三者との関係が今後ギクシャクすると色々面倒だから」と書かない辺りがさりげない描写だなと思います。あとは、衝動を抑えられないのか意外と軽率。

サイコパスであってもそうでなくても、相手の心なんて分からないし、結局は自分の主観で生きるしかない訳ですから、自分の・相手の感情が真の共感かどうか、衝動か計画かどうかなどはあまり問題ではない気もしてきます。

サイコパスは社交的で自信に溢れ、表面上魅力的だとされていますが、リリーはどうなのでしょうか。そこまで自我の揺るぎなさは感じますが社交的で自信家のイメージはありません。しかし、反対に読者がリリーの心を覗いている状態でありながら、嫌悪感を抱かないどころかちょっと応援をしたくなる感じは、ある意味本当に魅力的な人物という事なのかもしれません。